木村幸弘のぺっこ「がん」ばるが

肺癌闘病がぺっこでも生存率に貢献できればいいな

無事一年過ごすことが出来たことに感謝

晦日となりました。

 あらためて無事に一年たちました。孫からこんな言葉がありました。「じじは奇跡のひとだよね、八年前にステージ4で予後4、5年ていわれたのに元気はだから」と、、、

 思い返せば、最初の抗がん剤「ジオトリフ」の効果は平均一年といわれて5年以上がん再発を抑制し、再発するも左手首だけで済み、今は新たな抗がん剤「タグリッソ」に切り替わって、1年半経過、これも平均の効果はそろそろと言われており、主治医は慎重に腫瘍マーカーなどの経過観察を行っています。

 上限値いっぱいになっているようです。年明け後の推移が気になるところです。

 良いお年を。

 

がん再発による新たな闘いへ2023から2024 two

 左手首は術後、日常生活上、重い物を持ったり、手首に負担がかかるような動作はしないようにと、注意されていましたが、ついつい普段の生活で思わず動かすことも多く、今年8月、定期検査の結果、固定していたプレートがゆがみ浮き上がってきているとの診断を受け、急遽、再手術となりました。プレートの修整に加えて、左足の腓骨を移植して、失った関節部に埋め込み補強する異なりました。約一カ月入院し、現在、経過観察中です。術後の骨の定着と皮膚の再生に時間を要しています。

 

新たな手術で、皮膚再生中の状態、ここに骨とプレートが埋め込まれている


また、抗がん剤も昨年の再発結果により、6年あまり闘ってきた抗がん剤に耐性が出来たため、新たな分子標的薬が適用されることとなり現在服用しています。

 

がん再発による新たな闘いへ2023~2024 one

 昨年5月、左手首関節に激痛があり、検査の結果、骨腫瘍化しており切除する事となった。一昨年暮れから、腫瘍マーカーが徐々に高くなる傾向について、CTやMRI検査、そしてPET検査などを行っていたが、原因が特定されていなかった。その間に私は左手首に痛みが出ていたものの、依然に痛めたガングリオンが要因と勝手に判断していた。検査もバンザイの姿勢での画像検査のため、手首などは対象範囲から外れていた事も発見を遅くしてしまった。

 左手首の関節の一部切除とプレート埋め込み補強がされた。よって左手首は自在に動かすことが出来なくった。

術後の関節部分切除とプレート埋め込み画像

 

コロナ禍の近況その1

 しばらくぶりの投稿です。

 一つは、政治活動環境の変化、現在、社民党岩手県連合代表に図らずも就任し、立憲に合流した、自治労日教組グループを中心とした労組系党員が抜けて、厳しい党存続を託された責任の重さを日々感じながら活動しています。

 二つは、昨年12月末の肺癌切除から八ヶ月、最近抗がん剤をまた服用することとなりました。腫瘍マーカーの数値が残念ながらこの二ヶ月上がってきたため、部位は特定できていませんが、PET検査、胃カメラ検診と生検など、来月の診察を待っている状態です。

 三つは、そんな中、コロナワクチン接種(ファイザー)しました。副反応は肩の痛み程度でした。が、今月24日、家内の勤め先で感染者が出ました。

 従って、いよいよ他人事ではない身近な問題として、当然、家内は濃厚接触者の見込み(保健所からの連絡待ち)であり、私も自主隔離をしています。

 うまくやり過ごすことができればいいが、戦々恐々の思いです。

 四つは、コロナ禍と政治不信の極みに、国民は辟易しており、感染拡大と先進国としての基盤を揺るがす医療の危機に不安を寄せる一方で、都会の人流の多さと政権の危機感の欠如という、ギャップと矛盾に、日本社会はこのままでいいんですかと問いたい。

術後の経過

切除手術の成功によって、私自身の癌はとりあえずいなくなりました。が、今後は再発防止のための観察治療をしっかりとしていかなければなりません。

入院期間と退院後にはしばらく下痢が続き、体重が約9キロほど減りました。

今は、抗がん剤も停止し、体調が戻りつつありますが、肺機能の低下のせいか痰の絡みと咳き込みは続き、薬を処方いただいています。

話をしようとすると咳き込みがして会話がうまくとれないときがあります。

また、咳き込みによって嘔吐があったり、またまだじっくりと体調管理が必要です。

肺癌手術を決断

呼吸器外科医の手術可能の判断を受け、12月18日足かけ五年にわたる抗がん剤治療による、経過観察を経てstage4の私が、ついに切除手術を受けました。

オリゴメタシスというまれな状態となっている原発巣の摘出は、肺癌では珍しいケースであり、これまでの骨転移の抑制、他臓器への転移なしとの条件が整う中での判断です。

手術は無事成功しました。右上葉肺癌、約15センチ、その後の生検で癌は死滅し、悪性はなしとの判定がくだされ、切除の意義はあったと説明されました。

摘出腫瘍はサンプルとして提供されました。